研究室から逃げて大学中退してから自衛隊に行くことになった話③
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いつも通り研究が進まず悩んでいたばかりいた日の昼頃、同じ研究室の同級生がある研究で割と大きな成果を上げたというニュースが入ってきた。
その成果を上げたのはT君で、なんとなく思いつきでやってみたら精度が上がったと興奮した素振りもなく言っていた。
皆が感心する中、指導担当の先輩と教授の部屋に入っていったT君。
その後も研究室の中ではTくんを褒め称える先輩たちの声で盛り上がっていた。
後日、学会か何かでその成果を発表するとのことで一泊二日の旅にT君と指導の先輩、教授で出掛けていった。
正直悔しかった。
そして、毎日12時間くらい研究室にこもって何とかしようとしている自分に比べてT君が研究室にいるのは大体6時間くらいだ。
加えて、T君はあまり追われるように作業することもなくスマホでゲームをしていることもあった。
そんな中で立派な成果を出しているTくんを見て自分に無力感を抱いた。
T君の大成に対する話題も落ち着いてきた頃、研究室内での懇親会が行われた。
皆学生であり、目上の人と対面で飲むのは気が引けるということで気を使うことはなく教授の近くには空席があった。
あまり親しくない人との飲みの席が苦手だった僕はどこに座るか決められず、気付いたら教授の前しか空席が残っていなかった。
何を話せばいいかわからないまま飲み会はスタートした。
乾杯の音頭の後、黙々とつまみを食べ、酒を飲む教授。
何か話しかけなくてはと必死だった。
「これ美味しいですね」
「そうだな」
ここで楽しい会話を繰り広げないと更に嫌われる。
そう考えていた僕はとにかく無意味で実際は興味もないことを問いかけ続けたが、パニクり過ぎて何を質問したかはもう覚えていない。
結局どの問いかけも会話の起爆剤になることはなく、全ての質問に不合格の烙印を押されているように感じた。
教授も終始、何かつまらなさそうな目をしていたことが酷く頭に残っている。
耐えきれなくなった僕はトイレに逃げ込んでしまった。
帰りたい。
いつものことだ。
親しくない人との飲み会はいつも空回りしてばかりだ。
なんとか場を盛上げなければと焦って無意味な会話を繰り広げてしまう。
相手が実際どう思っているかに関わらず相手が楽しくなさそうだと自分が感じれば、更にその焦りは大きくなっていく。
沈黙を埋めるために必要以上に酒を飲み、意味のない会話をする。
最終的に逃げた先のトイレで楽しくもないのに酩酊状態の自分を慰めながら、もう飲み会なんて嫌だ。と頭を抱えるのだ。
いつだって同じ。
憂鬱な気分で戻ってくると教授の隣にTくんが移動していた。
楽しそうに会話をする二人を見て、惨めな気持ちになった僕は元の席に戻ることを止めた。
近くに空いている席に座ったが、皆話したい相手と話したいように話しており、正面も空席だったため二人の会話に耳を澄ませていた。
研究の話や、他愛もない話。
こんなにも自然に楽しそうに会話している教授の顔を見て、僕が正面にいたときの教授の顔が浮かんだ。
もう研究室の飲み会の席で絶対教授の前には座らないと決めた。
後日、教授がT君に院進学するよう頼み込んでいるという話を研究室のメンバーから聞いた。
「それでT君はどうするつもりなの?」
「行く気は全くないって先生に言ってるらしいよ。先生は諦めてないらしいけどね。」
意識高くして入ってきた僕は院進学希望、だが、研究は全くできていない。教授の僕への態度も良くない。
研究が関係ない飲みの席でさえ楽しそうに話してくれない。
一方、研究で成果を出しているT君は教授の切望も気に留めることなく就職を決めている。
それでも教授は説得を続けている。
僕はいらない子だなあ。
院進学を止めようか考え始めていた。