研究室から逃げて大学中退してから自衛隊に行くことになった話⑤-1
お昼ごはんを食べた後、各チームの発表が始まった。
機械の動きにレベルの差はあれど、どのチームもプレゼン通り機械を動かして会場を盛り上げていた。
ロボットが期待通りに動かず終わることがわかっている僕はとにかくその場から逃げ出したい一心で自分たちの番を待った。
そして僕たちの出番がやってきた。
機械にプログラムを入れ、Y助手のプレゼンが始まる。
「このような動作ができるものがあれば今後、介護が必要な家庭に一台必ず設置されるようになるでしょう。」
Y助手は風呂敷を広げに広げて期待を高めるようなプレゼンをしていた。
そんな発表に会場はかなりの盛り上がりを見せていた。
しかし、淡々とプレゼンするY助手を僕は絶望の目でしか見られなかった。
「それではここで実際に動かしてみましょう」
Y助手から合図があり、プログラムを実行した。
観客が一番楽しみにしているのはここだ。
機械が実際に動作し、どのように動くかを見たくてプレゼンを聞いている。
言わばプレゼンは前座だ。
期待の眼差しでプログラムを実行する僕と機械を見つめる観客。
会場はいつの間にか静まり返っていた。
まずはある音声が機械から流れた。
観客からは喜びと期待の声が上がり一瞬の盛り上がりを見せた。
しかしすぐにまた静まり返る。
その後機械は微動だにしない。
機械が動かないことを知っていた僕は汗だくになりながら、おかしいなという素振りを見せてプログラムを何度も再実行した。
しかし機械は音声を流すだけで動く素振りを見せない。
「どうしたんだ。」
「なにかおかしいのか。」
観客がざわつき始めた。
そんなざわつきを裏に僕はもう全てを諦めていた。
もう駄目だ。
もうどうでもいい。
時間が止まって見えた。
動かないとわかっているのにもう一度プログラムを再実行しようとしたところで、Y助手がフォローに入った。
「すみません。プレゼン通りの動作をするようプログラムしていたのですが、ちょっと不具合が出ちゃったみたいです。」
「今回はこのような形になってしまいましたが、実際にウチの研究室の技術をこの機械に組み込む有用性はプレゼンで理解頂けたと思います」
観客からのまばらな拍手を聞きながらステージを後にした。
「まあしょうがないねえ」
いろんな意味で終わったと思いながら頭を抱える僕をY助手は慰めてくれた。
しかし、そんな励ましの声も僕の耳には届かなくなっていた。
当たり前だが、僕のチームが優勝することはなかった。
その日の夜、コンテスト主催者や関係者、参加者チームと懇親会があった。
立食スタイルで皆お酒を飲みながらいろんな人と話しつつ盛り上がっていた。
初めはY助手とお疲れ仕方なかったねと話していたが、すぐに話のネタもなくなり、人だかりがあるほうへと流れていった。
その人だかりは優勝チームの人たちがいるところだった。
皆そのリーダーの話を楽しそうに聞いていたが、僕は途中から悲しさで聞いてられなくなり、一人で黙々とつまみを食べ始めた。
そしてもう何か全てがどうでもよくなり、Y助手に一言伝えた。
「すみません、今日は一足先に家に帰ります。予約してあるホテルはキャンセルしますね。」
「あ、そう?オッケー、また明後日ね」
少しは僕の様子を心配してくれるかもと期待していたが、他の人との会話を楽しんでいたY助手はそんな素振りを全く見せなかった。
会場を後にし、少し冷えた空気に当たりながら足早に新幹線の駅を目指した。
終電ギリギリの新幹線に駆け込み席に着いたが、そこから2時間程眠るでもなくスマホを触るでもなく、暗闇でほぼ何も見えない車窓からの景色を眺めていた。
翌々日研究室に向かい、Y助手とコンテストの結果を教授に報告した。
教授はコンテスト前はとにかく頑張れ、あそこの結果次第ではかなり研究室をアピールできるぞとプレッシャーをかけてきていたのだ。
そのためあの悲惨な結果を報告したら激昂し、失望されるに違いないと考えていた僕は前日全く眠ることができなかった。
しかし、実際に報告を聞いた教授は笑いながら答えた。
「そうか。それは残念だったな。まあお疲れ様」
教授の部屋に入ってから出てくるまでわざか2分程度だったか。
うまくできなかった結果を聞いた教授は大して気にも留めていない様子で労った。
なんなんだアイツは。あれだけプレッシャーをかけておいて、ひたすら焦って、苦労して、それでもできなくて、恥をかいて。
それを気にも留めない様子で簡単に片づけて。
あのとにかく辛かった3日間はなんだったんだ。
理解できない気分で研究室を後にし、その日は帰宅した。
ベッドで布団を被り、教授のあの対応を思い出してはイライラしていたが、やがて怒りの気分は空虚感へと変わり、もう何もかもどうでもよくなっていた。
翌週、いつもの時間に起きたものの、ベッドから出ることはなく、研究室にその日欠席する旨のメールを入れた。
週5~6で朝6時半に起き、研究室に出向き、夜10時頃に帰ってくるような生活をしていたが、この時初めて研究室に行くのをさぼった。
もう本当にどうでもよかった。今死んでもいいと思った。
そして、布団の中で研究室関連の電話番号を全て着信拒否し、もうひと眠りすることにした。
それ以降、僕が研究室に足を運ぶことはなかった。